砂漠の狐|ブログ 2015年10月

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軍歌が好きです。しかし、戦争を知りません。戦争を知るにはどうすればよいですか?

ヤフー知恵袋を見ていたときにこのような相談を拝見しました。
ただ軍歌が好きなだけでなくて、戦争を知らないという気持ち、戦争をもっとよく知りたいと思う気持ち、とてもよいことだと思います。
戦争を知りたいということですが、軍歌が好きということで、軍歌の歌詞についてあらためて読んでみるとよいのではと思います。
私も軍歌には興味があり、軍歌の歌詞を振り返って読んでいます。
その歌には、勇猛果敢なように見えて、その裏にある兵隊の悲しみや苦しみを語っているような歌が多くあります。
軍歌からも戦争とはどういうものか見えるように思います。
その勇壮な歌詞から、一般的には軍歌とは威圧的なイメージがあるかもしれませんが、実際には兵隊には辛く苦しい部分がたくさんあります。そういった哀しみが勇壮な歌詞の行間からにじみ出ているように思います。
戦争のことをよく知れば、歌の意味がより深く理解できて、もっと好きになると思いますし、他人の心の痛みが理解できるようにもなると思います。

掲載日:2015年10月30日(金)

 

敗北する勇気

連載「NHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」を実際に見て詳しく解説」を更新しました。今日で連載も最終回です。今日は「第6集(最終回) 一億玉砕への道 〜日ソ終戦工作〜」について書きました。
戦争当時、日本はなかなか降伏することができずに、国民の犠牲をいたずらに増やしました。
そこには、軍部をはじめとする戦争指導者たちの保身があったように思います。
リーダーは敗北する勇気を持たないといけないと思います。敗北した場合に自分がどんなひどい目に遭うかは分からないわけですが、どんな目にあっても部下たちは助けるという強い信念がなければ、リーダーになることはできないと思います。
勝つことのみ考えて、敗北する場合にどうするかということを考えていなかったのは、当時の日本の手痛いミスでした。降伏し捕虜になることを禁じていたわけですが、それはいたずらに国民の犠牲ばかりを拡大しました。
敗北することを認め、敗北する勇気を持っていれば、当時の日本はもっと変わったと思います。
そのことは今を生きる私たちにも共通することで、敗北あるいは失敗したときにどうするかということを覚悟し考えておくことは、よりよい前進をし、勝利をつかむ上でも大事なことだろうと思うのです。

掲載日:2015年10月29日(木)

 

人間は一人では生きていけない

連載「NHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」を実際に見て詳しく解説」を更新しました。今日は「第5集 踏みにじられた南の島 〜レイテ・フィリピン〜」について書きました。
第二次世界大戦において、日本軍は占領した現地国の人々から収奪をくりかえし、現地の人々に厳しく当たりました。
そのようなことをしては現地の人たちの理解を得られず、抵抗運動が強くなり、占領を継続することもおぼつかなく、戦争敗退につながることは自明と思われますが、当時の日本人はアジアの人々に対して優越的な感情があり、また国力もなく、現地の人たちを優しく守るような政策はできませんでした。
人間は一人では生きていけないわけですが、どのように他人に協力してもらうか、どのように自分を支持してもらうか、お互いに友好的な関係を築き、信頼関係を築き、お互いが生きていけるようにはどうしたらよいのか。重要な教訓を投げかけているように思います。

掲載日:2015年10月28日(水)

 

佐藤幸徳中将の判断

今日も連載「NHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」を実際に見て詳しく解説」を更新しました。今日は「第4集 責任なき戦場 〜ビルマ・インパール〜」について書きました。
ここでもっとも注目したいのは第31師団長の佐藤幸徳(さとう・こうとく)中将という人物です。
インパール作戦において、コヒマ攻撃の任務を与えられていた佐藤ですが、補給が続かず、部下が飢餓に苦しむ惨状を見て、軍の命令に反して独断で撤退します。佐藤の師団が撤退することで、インパールを攻撃していた他の師団はさらに苦戦し、日本軍は総崩れとなってインパール作戦は失敗に終わることになります。
理不尽な命令を受け、部下が苦しむ惨状を見て、自らの責任で命令に背いた勇気を評価したいと思っています。この話を知ったのは高校生の時でしたが、自分もそういうリーダーになりたいと思ったものでした。けれども、さらに勉強を深めるに従い、佐藤の師団が撤退したことで他の師団はさらに苦しんだという話も知るようになり、この無断撤退は果たして正しい判断だったのだろうかとも考えました。
究極の選択ではありますが、理不尽な命令に抗してでも、とりうる最善の道を取れるような人間になりたいと考えます。
命令違反は命令違反なので、佐藤は軍法会議にかけられるべきでしたし、責任を問われるべきだったと思いますが、さらに上層部に責任が及ぶのを恐れ、心神喪失とみなされて不起訴となります。そして責任はあいまいにされて問われず、間違いを反省する機会はなかったのが現実でした。
責任をあいまいにして問わず、うやむやのままに終わらせるということは現代社会でもありうることかもしれませんが、きちんと責任を取ることで間違いを明らかにし、反省し、次に間違いを起こさないように努力することの大切さをあらためて考えます。

掲載日:2015年10月27日(火)

 

連載を更新しました

NHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」について連載「NHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」を実際に見て詳しく解説」で紹介していますが、今日は、
 第二集 敵を知らず己を知らず 〜ガダルカナル〜
 第三集 エレクトロニクスが戦(いくさ)を制す 〜マリアナ・サイパン〜
についての解説を掲載しました。2回分まとめて今日は更新しました。
ドキュメント太平洋戦争は中学生のときに見たNHKスペシャルですが、今見返してみて、改めて太平洋戦争を勉強しています。
自分が自信のあまり傲慢になり相手を侮ってしまって失敗するなど、今の日常生活でも気を付けなければならないことだと思います。太平洋戦争はそんな日常生活への教訓も教えてくれているように思います。
第三集ではアメリカ軍の人命重視の精神が紹介されましたが、現代の会社でも、人を使い捨てにして大事にしないような風潮がないでしょうか。いつでも替えを補充すればよいや、という考え方はないでしょうか。人を大事にして長く働いてもらうような風潮が生産性の向上にもつながると思います。

掲載日:2015年10月26日(月)

 

第二次世界大戦から学んだ感動を語る

昨日、仲間内30人くらいで集まる機会があり、その場で第二次世界大戦についての自分の想いを10分の時間をもらって語る機会を得ました。
集まっている仲間は特に第二次世界大戦に興味がない人たちではあったのですが、私の話を熱心に聞いてもらい、私の気持ちが伝わってくれたようでとてもうれしかったです。
今まで人生の辛かったとき苦しかったとき、私は第二次世界大戦の物語を思い出しました。
第二次世界大戦を戦い、第二次世界大戦に生きた兵士たちあるいは市民たちの戦いの記録、生き抜いた記録を思い出し、それを心の支えにしました。第二次世界大戦の物語をいつか誰かに伝えたい、この感動を誰かに伝えたい、そういう気持ちで辛いとき、苦しい時を生き抜いてきました。
そんな第二次世界大戦から学んだ感動を話しました。
今まであたためていた話を10分ではありましたが人の前で話すことができ、本当に充実した思いで、第二次世界大戦を研究してきて、追いかけてきて、やっと何か実を結ぶものがあっただろうかとうれしくなりました。

第二次世界大戦から学んだこと、そこから得た感動をこれからもいろいろな人に伝えていきたいと思います。
そこから今後を生きていく教訓を学び、そこから生きていく希望を感じてもらうことができたらと思っています。
ただ自分が好きなだけでなく、人の役に立てるような何かを作り上げていきたいと思っています。
他人を励まし、勇気付け、笑顔にさせるような、そんな第二次世界大戦の物語の感動を伝えていきたいと思います。

掲載日:2015年10月25日(日)

 

今日から連載がスタートします

本サイトで今日から連載「NHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」を実際に見て詳しく解説」が始まります。
太平洋戦争で日本が敗けた原因を詳しく分析した秀逸な番組に、NHKスペシャル「ドキュメント太平洋戦争」があります。
1992年12月から翌年8月にかけて6回に分けて放送された番組で、当時私は中学生でしたが、大変熱中してこの番組を見ました。
戦争とは何か、人間とは何かということを学び、深く考えさせられました。
すでに20年以上経過している本作品ですが、今見てもまったく色あせない輝きを放っています。

今日から6回にわたって、この「ドキュメント太平洋戦争」を詳細に解説していきたいと思います。
今日は第1集「大日本帝国のアキレス腱 〜太平洋・シーレーン作戦〜」について解説しました。
ぜひご覧になってください。

掲載日:2015年10月23日(金)

 

大平洋戦争の真実を知りたい。赤紙が来たとき、家族や本人の胸の内はどのようなものだったか?

召集令状(赤紙)が来たとき、本当はどう思ったのかというのは当時の人でなければ分かりませんが、必ずしも真実を語っているとは限らないのも難しいところで、戦争を知らない私たちは想像するしかないのかもしれません。
赤紙が来て、一般的には熱狂的に興奮し、祝い、歓迎し、万歳三唱で喜んだということになっていますが、必ずしもそうは思っていなかった人もいたと思います。泣いた人も多いと思います。嫌と思った人も多いかもしれません。しかし、そのようなことを言うことも態度に出すこともできませんでした。そういう時代でした。
ポイントは、戦後になってからもそのようなことを口にすることは難しい心情があるということです。
確かに戦争は終わりました。
けれども、戦争を経験した本人たちは、戦争が終わったからといっても戦争のことを思い出すのが嫌で、あるいは当時の仲間たちの眼もあるので、本当のことを言えない気持ちもあることもまた事実でしょう。当時仲間内で恥ずかしいと思われていたことは、やはり恥ずかしい、そういう気持ちはあるのだろうと想像します。

赤紙が来た時の心理に迫った映画として、今年6月に公開された「おかあさんの木」があります。
私たちは想像するしかありませんが、赤紙が来て、実際に映画のような行動は起こさなかったとしても、主人公のおかあさんのような気持ちと同じ気持ちになった人は少なくないのではと思います。



掲載日:2015年10月22日(木)

 

戦争を望む人はどんな心理状態なのでしょうか?

ヤフー知恵袋で拝見した質問です。戦争を望む人の心理とはいったいどんなものなのでしょうか?
戦争を望む人がいたとして「私は戦争を望みます」とはなかなか言わないと思うので難しいですが、国民全体が戦争を望むような雰囲気になることはたくさんあったと思います。
例えば2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの時。
アメリカ国内ではテロの首謀者と言われたウサマ・ビンラディンへの憎悪が高まり、その本拠地であると言われたアフガニスタンへの戦争が進められましたが、アメリカ国内では国民全体が強烈な戦争支持で、その戦争に反対できるような雰囲気ではなかったと言われています。
1991年の湾岸戦争のときも、イラクの大統領だったサダム・フセインに対して、日本国内でも憎悪が巻き起こりました。
私は当時中学1年生でしたが、サダム・フセインへの憎しみは日本国民にも共通で、多国籍軍による戦争は支持されていたと思います。その憎しみは中学生の文集にも「サダム・フセインが憎たらしい」というようなことが多数書かれていて、その憎悪は大変なものがありました。
国民全体が戦争の熱に燃え上がることは今までの歴史でも多々あったことで、これからも私たち自身が気が付けば「戦争を望む人」になっている可能性があります。
それは気が付かず、無意識のうちに心の中に忍び込んでくるものなので、注意しながら世の中を見ていく眼が必要だと思います。

掲載日:2015年10月21日(水)

 

「艦これ」をプレイして戦争を知ったが、それほど悪いゲームなのか?軍艦を擬人化して商法につかうのは・・・・・・

ヤフー知恵袋に投稿されていた疑問です。「艦これ」とは「艦隊これくしょん」というオンラインゲームのことです。

軍艦を擬人化すること、それを商売とすることは何も問題はないと思います。
ゲームから戦争を知るということはあると思いますし、私もゲームから戦争を学びました。
そこを入口として戦争を深く知り、戦争の悲しみや苦しみを学びました。
そんな戦争を知るきっかけを与えてくれたということで、ゲームは自分の中でも重要な位置を占めています。

軍艦を擬人化することはすばらしいアイディアだと思います。
なかなか思いつかないと思うので、軍艦への愛を深く感じます。同じ軍事マニアとしてその愛に脱帽します。
「艦隊これくしょん」はプレイしたことがないので、ゲームとしての評価は分かりませんが、軍艦を擬人化すること、それをテーマとしてゲームとすることはまったく問題ないと思いますし、むしろおもしろいアイディアだったと思います。
「艦これ」をきっかけに太平洋戦争に興味を持ったという声も聞きますし、ただゲームの面白さだけでなく、戦争自体にも興味を持たせる力があったということで、優れたゲームなのではと思います。

掲載日:2015年10月20日(火)

 

【お悩み相談】戦争映画や戦争物が好きな女はやはり変なのでしょうか?

ヤフー知恵袋で拝見しました。20代女性からのお悩みです。

女性で戦争映画や戦争物が好き、すばらしいことです!
なんて貴重な人材なのでしょう。とても貴重かつステキなことだと思います。

男性でも、少年の頃は戦争物が好きでも、大人になるにしたがって辞めてしまう人が少なくありません。
少年の心にときめくものがあっても、大人になるにしたがってなくなってしまうというか、大人で引き続き戦争物が好きな人というのは限られてしまいます。
男性でもなかなか少数派にはなってしまう軍事マニアですが、さらに女性というと本当に限られた人だけしか好きではないと思うので、とても貴重でステキなことだと思うのです。

戦争映画や戦争物が好きであるということはまったく間違ったことではありません。
男性でも女性でもそうです。
世の中の少数派として、むしろ積極的に戦争から学ぶことを普及させる意義があると思います。
女性の場合特に少数派ということで、いろいろな困難があるかもしれませんが、これからも戦争物を好んでいきましょう!
応援しています。

掲載日:2015年10月19日(月)

 

【お悩み相談】平和登校日を休みたい。戦争のビデオを見るのが怖くて無理なのです。

ヤフー知恵袋でそんなお悩みを見かけました。
平和登校日なんてあるんですね。戦争について考える日で、戦争のビデオを見せられるというそういう日のようです。

確かに、戦争を描いたビデオには、いわゆるグロいシーンや怖いシーンもあるとは思います。
それが戦争ということであり、そこに戦争の苦しみと悲しみがあるわけですが、それを理解しているのであれば、それ以上何か
特別に嫌なビデオを見る必要もないのではと思います。
先生に頼んで、事情を話して、何か別の課題に振り替えてもらうとか、そういうことができたらいいですね。

戦争をどう伝えるのかというのは難しいテーマだと思います。
戦争を伝えること、戦争を知ることはとても大事なことだと思います。
けれども、具合が悪くなったり、何かトラウマを負ってまで知ることもないと思います。
戦争のビデオを見て、具合が悪くなるという感受性の鋭さはとても大事だし、いいことだと思います。
戦争の苦しみと悲しみはもう十分に理解されているのだろうと感じました。
そんな戦争の悲しみについて、その感受性を活かして、さらに勉強することができたらいいですね。

掲載日:2015年10月18日(日)

 

太平洋戦争の軍人の生まれ変わり?

とある人のこのような疑問を拝見しました。
「僕はミリタリーが大好きです。もしかして私の前世は太平洋戦争の軍人なのでしょうか?」
どのくらいの年代の方かは不明ですが、少年の方からの質問かなと思いました。

前世とか生まれ変わりといったスピリチュアルなことは専門外なので分からないですが、
ミリタリーが大好きということで、何かの関係があるのかもしれませんね。
もし太平洋戦争時代の軍人の生まれ変わりだとしたら、
前世の軍人さんは相当な苦労をして、もしかしたら非業の死を遂げたのかもしれないので、
そういった太平洋戦争の苦しみや悲しみも伝えていけたらいいのではないでしょうか。

ミリタリーが大好きなことはいいことだと思います。
その好き好きパワーを発揮して戦争のことを隅から隅まで勉強して、
戦争の悲しみや苦しみなども勉強すると、
より戦争への理解が深まって、ミリタリーマニアとしての姿勢もまた一段とレベルアップしたものになると思います。

掲載日:2015年10月15日(木)

 

戦争を研究することはどのくらい世界平和に貢献しているのでしょうか?

戦争を知ることは平和を知ることにとって不可欠であるとはよく言われることだと思います。
そこまで戦争にがちがちとこだわる必要はないかもしれませんが、
なぜ平和が大事かと言われるかと考えたときに、あまりにも今までの戦争が悲惨で悲劇で辛くて嫌で、だから戦争は嫌だよね、平和が一番だよねと語られることが多く、
戦争の裏返しとして平和が大事だと考えられることが多いと思うので、戦争を知ることは大事だと思います。
「戦争がない」イコール「平和」とは考えられておらず、暴力がないのは当然として、差別を受けずに貧困でもなくて人と人とが対等に付き合えて経済的にも安定した暮らしを営めることが平和であるという意見もありますが、そうだと私も思います。
かならずしも戦争だけが平和の要素ではないですが、
やはり戦争の裏返しとして平和が捉えられ、平和の重要性がイメージされることが多いと思うので、
戦争を知る、戦争を分析することは平和を考える上で大事だと思います。

世界平和にとって私たちができることは何かということについて、マザー・テレサは
「家に帰って自分の家族を大事にしてあげてください」
と答えていますが、私たちができることはまず身近な人たちを愛することだと思います。
世界平和に貢献するというとテーマが大きすぎて一般人レベルとしてはちょっとピンとこないかもしれませんが、
一人の一票が積み重なって政治を動かしていくのと同じように、
一人一人の個人的な研究の積み重ねが、大きな波になっていくのではと思います。

小さな一人の戦争研究でも、みんなが戦争研究をすることで、
みんなが戦争をよく知り、戦争の悲劇を知り、そういう戦争は嫌だよねという思いに至れば、
平和はより近くなっていくのではと思います。

掲載日:2015年10月14日(水)

 

大平洋戦争について研究したいですが、どうすればよいですか?

太平洋戦争について研究したいという気持ち、とてもよいことだと思います。
太平洋戦争を知りたい!でもどこから手を付けたらよいか分からない・・・・・
確かに太平洋戦争は大きなテーマなので、理解しようとしてどこから手を付けたらよいか分からなくなりますね。

まずは太平洋戦争について大まかに解説している本を一冊読んでみるとよいと思います。
大平洋戦争を概略を知るのにおすすめなのは河出書房新社『図説太平洋戦争』がおすすめです。
写真や地図がふんだんに盛り込まれ、分かりやすくまとめられています。
私はこの本を高校生のときに買いましたが、
非常に分かりやすく、高校生のときに太平洋戦争の概略をスムーズに理解できたと思います。

研究というと何か特別な大学で勉強するとか難しいイメージがあるかもしれませんが、
誰でもできることで、何か本を読む、そのことを勉強する、そのことを誰かに話してみる、それだけでも研究は深まると思います。

太平洋戦争の特に海軍に興味があるとか、庶民の生活に興味があるとか、
自分の中で興味がはっきりしていればそちらの方向に勉強を進めていけばいいので道が分かりやすいかもしれませんが、
漠然と太平洋戦争に興味があるけど、どうしたらいいのか、と迷っている人もいるのではないかと思います。
「太平洋戦争」というタイトルの本はたくさんあると思うので、
何か簡単そうであまり厚くない一冊を選んで一度読んでみると良いと思います。
全体を通して読み、そこで興味が出てきたものを深めていくと良いのではと思います。

何かと難しいことが多いかもしれませんが、とても興味深い分野ですし、
今の私たちの生活にも深く関わるところでもあります。
がんばって研究していきましょう。
何か分からないことがありましたら、ご質問にお答えしますので、お気軽にメールをお送りください。


掲載日:2015年10月13日(火)

 

戦争中毒と言われる中学3年生の悩み

とある軍事好きな中学生の悩みを知る機会がありました。
彼は軍事が好きな中学3年生なのですが、周りの友人たちから「戦争中毒」と言われてちょっと異質な人間と見られているみたいで、悩んでいるということでした。
私は「あるある」と思いました。軍事が好きな人間に生まれると、必ず一度は通る宿命と言えるかもしれません。
私もまた同じような目には何度も遭いました。似たような感じのことを言われ、避けられた経験は私にもあります。

軍事に興味があることはまったく悪いことではありません。
戦争・軍事というテーマは非常に難しく、繊細なテーマであるため、誤解が生じやすく、そのように誤ってとらえられることもやむをえないものと思います。

私もまたそのような誤解を受けてきたと思いますが、私は軍事への想いをひたすらに熱く語ってきました。
語る中で理解してくれる人は理解してくれました。
なぜ自分は軍事が好きなのか、軍事を好きな中で得てきたものは何なのか、軍事の世界を知る中で味わった感動とは何なのか、熱く熱く私は友人に語りました。少なくない友人たちがそんな私の考えを理解してくれて、大変ありがたいことに私を受け容れてくれたと思います。

世の中で役に立たないことは何もないと思います。
なぜ自分が好きなのか、そこから得たものは何なのか、自分が追い求めているものは何なのか。
真剣に熱く語ることで、分かる人は分かってくれると思います。
友人たちがそんな彼を理解してくれて、彼が受け容れられることを祈ります。

掲載日:2015年10月12日(月)

 

吉村昭「陸奥爆沈」を評価

吉村昭「陸奥爆沈」は、太平洋戦争中に謎の爆発事件を起こして沈没した戦艦「陸奥」を描いているノンフィクション小説です。
防衛厳戒体制の瀬戸内海での爆発事件で、アメリカ軍によるものではまったくなく、当初は新型砲弾「三式弾」の自然発火ではないかと疑われますが・・・・・・
そこで浮かび上がるのは、日本海軍には海軍軍人による放火とみられる軍艦爆発事件が多いということ。
最重要機密で守られているはずの日本の軍艦がこともあろうに内部の人間による放火によって爆発事件を起こされ、損傷しあるいは沈没しているという事実に私は驚愕しました。
そのようなことはテレビや映画ではなかなか描かれないことです。

吉村昭は誰も語っていないことに深く切り込んでいく作家です。
太平洋戦争に関する歴史作品も多くありますが、すべて誰も語っていない、誰も着眼していないことについて切り込んでいます。
政治的な意図も何もない海軍軍人の放火犯罪によって日本の大切な軍艦が失われているという重大な失態は、日本海軍の暗部であり恥部であり、そのようなことを描くのは、知っていてもなかなか難しかったと思われますが、そこに切り込んで作品を仕上げた吉村昭の作家としての力を私は高く評価したいと思います。
戦艦陸奥の爆沈原因はさまざまに調べられます。そしていろいろな仮説が立てられます。
陸奥爆沈の本当の原因は何なのか?
戦艦陸奥が爆沈したことについて、深く触れる書物や作品は今までなかったと思います。
日本海軍の知られざる歴史、誰もあえて語らない歴史に光を当てている良作です。


掲載日:2015年10月11日(日)

 

生きるパワーと生きるヒント

第二次世界大戦の作品を味わって思うのは、生きるパワーと生きるヒントを得るということ。
私は第二次世界大戦を描いた映画を見たり、本を読んだり、ゲームをプレイする中で、
人生とは何かと言うことを学び、生きるヒントを得てきました。
そして、それを通して、生きるパワーを得てきました。
大学生のときに感銘を受けた映画に「プライベート・ライアン」がありますが、
ライアン二等兵を救出しようと主人公たちが行動する中で、敵の機関銃座を見つけ、機関銃座を攻撃しようと主人公が提案したときに部下たちに「気がすすみませんね」と言われた主人公は、
「気のすすむ任務があるか」
と言って機関銃座攻撃を開始します。そんなセリフを聞いて、
人生もそうだよな、気のすすむ務めなんて人生においてないよな、それでも務めを果たすのが人生だよな
と私は思いました。
映画の一シーンから人生を感じ、人生を学ぶことができたように思います。そしてそれは生きていくための力にもなったように思います。
映画「プライベート・ライアン」のクライマックスでライアン二等兵をついに見つけ、ライアン二等兵に帰国を促しますが、ライアンは仲間たちと橋を守る任務を果たすと言います。ライアンの所属する部隊はとある橋を守る任務を受けていたわけですが、そこでライアンは一人だけ帰ることもできたかもしれません。けれどもライアンは橋を守ると言い、主人公たちもそれに協力することを決心します。
自分の務めを果たす、務めから逃げない。
人生もまたしかりだと思いました。
そんなシーンから生きるヒントを学んだように思いますし、それは私自身が生きていくパワーにもなっていると思います。

私の中で第二次世界大戦を学ぶとは、「生きるヒントを学ぶ」「生きるパワーを得る」がキーワードになっています。
そのキーワードを今後も探求していきたいと思います。


掲載日:2015年10月10日(土)

 

零戦を愛して

物心ついたときには軍事に興味があった私ですが、
いつの頃からか覚えてはいないですが、幼稚園くらいのときに零戦を見て、その形に魅かれ、零戦を愛するようになりました。
小学2年生のときに映画「零戦燃ゆ」をテレビで放映していて、祖父と二人で熱心に見たのを覚えています。
航空機もしくは兵器で一番最初に興味を持ったのは零戦だと思います。
零戦の優美なシルエットに魅せられました。
その繊細な曲線を美しいと思い、私は太平洋戦争への興味を深めていきました。
プラモデルの零戦を買い、組み立てました。
図書館に行って本を読み、テレビのNHKスペシャルや映画で零戦のことを勉強しました。

プラモデルの解説などには「重武装、重装甲」などという解説が踊っていて、かっこいいと思ったものですが、
それから年齢を重ねて太平洋戦争のことを詳しく知るようになり、
防御などほぼ考えられていなかったなど零戦の欠点も多いことを知り、
(零戦の各型で見れば、初期型よりは後期型の方が防御が良かったということで「重装甲」という表現になったものと思いますが)
当時の日本の置かれた状況やその問題点を学んでいきました。

中学生から高校生、大学生となり、社会人になっていき、
いろいろな航空機を知り、戦争の歴史を知り、学んでいきましたが、
零戦の存在はいつも核の一つとしてあったと思います。
零戦は日本の代表的な戦闘機であり、
その長所と欠点もまた、日本の象徴であったと思います。
日本人の考えをよく表し、戦争の敗因もまたその欠点に濃縮されていたと思います。
そんなぎりぎりの日本の状況が繊細な曲線になって現れたと感じますが、
その繊細な曲線は今でも私の心を捉えて放さないです。


掲載日:2015年10月9日(金)

 

「砂漠の狐」と呼ばれたドイツの名将、ロンメル

ロンメルを初めて知ったのは小学生のときで、
ファミコンゲーム「砂漠の狐」をきっかけにロンメルという人物を知りました。
北アフリカ戦線というところを舞台に縦横無尽に活躍した天才的な将軍ということで、
小学生のときの私はすいつかれるようにそのロンメルという人物に興味を持ったのでした。
そして、中学生になった頃、デスモンド・ヤング著『ロンメル将軍』を買って読み、
ロンメルという人物の人となりを詳しく知ったのです。

ロンメルはつねに最前線に立ち、部下の将兵たちと苦労を共にしました。
軍事に関する興味関心が高く、研究に余念がなく、新たな戦術を生み出しては連合軍を煙に巻きました。
そして、敵軍に対しても紳士的に対応し、捕虜に対しても対等な立場で接しました。
そんなロンメルの戦いぶりと人柄に触れて、
私はロンメルを尊敬したのです。
つねに最前線に立って部下と労苦をともにする、新戦術を開発する、敵に対しても紳士的に接する、
どれも簡単そうではあるかもしれませんが、容易にできることではないでしょう。
そんなロンメルを尊敬し、自分もそんなふうに生きたいと願ったのでした。

私の最初の先生は太平洋戦争を教えてくれた祖父でしたが、
私の最初の人生の手本となった人物はロンメルだったと思います。
自分もロンメルのようになりたいと子どものころは思い、
そんな思いを抱えたまま大人になりました。
ロンメルのような強い生き方を実践することはとても難しく、なかなか実現はできないのですが、
いつかロンメルのような強く優しく粘り強い生き方ができたらと思っています。


掲載日:2015年10月8日(木)

 

潜水艦映画「人間魚雷 回天」を評価

太平洋戦争末期に日本海軍が開発した潜水艦特攻兵器「回天」(かいてん)。
その回天を描いた映画です。
1944年10月のフィリピンを巡る戦いにおいて、初めて特攻隊が編成されたのを皮切りに、
日本軍は次々と特攻作戦をくりかえし、それに合わせて特攻兵器も開発していきました。
その中に回天はあります。
一度乗り込めば出ることは期待できません。敵艦に向かって突入していくのみです。

回天に乗り組む若者たちとそれを取り巻く人間の心理をリアルに表現していると思います。
練習で回天に乗り組んだ若者がハッチを閉められて非常に苦い顔をする場面など、
狭く小さい回天に乗せられた人間の心理を表現していると思います。
訓練中に操作を誤って岩礁にぶつかって殉職するなど、激しい訓練の様子も描写されていきます。

特攻兵器は生きて帰ることがない必ず死ぬ兵器です。
そんな兵器でも一生懸命に乗りこなそうと努力し、敵艦に突入していった若者たち。
まず事実を知ることが大事だと思いますが、
そんな特攻兵器があった事実とそれに取り組んだ人間たちの心情をこの映画は伝えているように思います。
古い映画ではありますが、実力のある映画です。名作の映画だと思います。


掲載日:2015年10月7日(水)

 

映画「大脱走」に見る日本と他国との違い

映画「大脱走」では、ドイツ軍の捕虜収容所から多くの連合国軍兵士が脱走を試みます。
主人公のアメリカ軍兵士は脱走の常習犯で、捕まっても捕まっても脱走を試みようとします。
なぜ彼らは脱走するのか?
捕虜となっても脱走することで敵軍の後方を攪乱し、敵にあくまでもダメージを与え続けるのが任務と考えているからです。
つまり、彼らは捕虜となっても兵士なのです。
一度は降伏していますが、真の意味で負けたわけではなく、戦いは続いているのです。

このことを日本軍と照らし合わせて考えた時、
日本軍は捕虜になることを恥とし、降伏を是とせず、自決することを求めました。
捕虜となってもあくまで戦い続ける他国軍隊の考え方がよいのか、
日本軍のようなあえて背水の陣で挑む考え方がよいのか、
どちらがよいかは考え方次第だとは思いますが、
人間とはあくまで生きたい存在であり、生き続けることが理にかなう存在だとすれば、
捕虜となっても生き続けることができる、そして捕虜となっても戦いを継続する、
そういう考え方に人間性と合理性があるように思うのですが、どうでしょうか。

映画「大脱走」では知恵をこらして脱走計画を進めます。
そして脱走は成功したかに見えましたが、
ドイツ軍の目も節穴ではなく、
ドイツ軍の追跡が始まります。そして、映画はクライマックスを迎えていきます。

日本軍兵士も捕虜となっても戦い続けるという考え方があれば、
多くの兵士たちが生き延び、またアメリカ軍の後方を攪乱させることで、
日本の戦争の展開も変わったかもしれないと考えたりします。

人間のあり方などいろいろなことを考えさせられる名作映画です。


掲載日:2015年10月6日(火)

 

映画の中に入り込む

私が戦争映画を見るとき、熱中のあまり、映画の中に入り込んだような錯覚をいつも感じています。
自分もまた登場人物のとなりに入り込んで、自分もまた戦場に立ち、登場人物と一緒に戦い、悩み苦しんでいるようなそんな感覚を味わいます。
そして、登場人物と一緒に悩み苦しみを分かち合い、その心情を追体験するのです。

良い映画とは、そんな追体験をさせてくれる映画だと思います。
映画の中に入り込み、自分もまた登場人物のもう一人となって一緒に冒険し、戦い、悩み、泣く。
それを通して、映画で表現したかったものを味わい、
人間心理を理解し、
自分が経験しえなかった新しい経験を体験できるように思われます。

私は映画からいろいろなことを学びました。
人間を学び、人生を学んだように思います。
それは、映画の中に入り込み、登場人物と一緒に悩み苦しんだからだと思います。
そんな中で、新しい体験を積み重ね、
自分の経験を豊かにしていったと思います。

今はインターネットで映画の一部分などを視聴することができますが、
以前に感動した映画を見返すたびに、
新しい感動を味わいます。
良い映画はいつでも自分と一体となり、自分と共にあるような気がします。

掲載日:2015年10月4日(日)

 

PCゲーム『サドンストライク』を評価

とある日、中古ゲームショップ屋で何気なく手に取ったゲームが『サドンストライク』(第1作目)でした。
このゲームおもしろいのだろうかと思いながらも、第二次世界大戦好きな私としては、何か心にひっかかるものがあり、
ゲームを購入し、家に帰ってプレイしました。
それから数か月間、私の人生は「サドンストライク」一色になったのです。
私はこれを「サドンストライク病」と呼んでいました。
疫病のように、私はサドンストライクにのめり込んだのです。

典型的なリアルタイムストラテジーのゲームですが、
本格的なリアルタイムストラテジーに触れたのは初めてだったと思います。
兵士一人一人、戦車一両一両を操作し、戦いを遂行していきます。
HPシステムがリアルで、兵士のHPが少ないとき、どんどん減っていってそのまま死んでしまいます。
重傷のケガを負ったときは出血多量などでそのまま生命が失われてしまうことを表現したものだと思いますが、
その非常にリアルなゲームの表現に熱中しました。

砲で木を撃つと木を切り倒すことができるのですが、
この設定を活かして野砲で木を切り倒して射界を確保したり、
森林の中に進撃路を切り開いたりできました。
そんなことをして新たな進撃路を考え、敵の裏をかくのもまたおもしろかったです。

このゲームでは榴弾砲が非常に強く、戦車はすぐに擱座してしまって弱めでした。
敵の榴弾砲にメチャクチャにやられたものでした。
難易度も高めだったかもしれませんが、
その高めの難易度がちょうどよかったとも思います。

心に残る名作ゲームの一つです。


掲載日:2015年10月3日(土)

 

軍事マニアに生まれて

物心ついたときには軍事に興味があり、太平洋戦争から始まって第二次世界大戦全体に興味を広げていきました。
なぜ軍事に興味を持ったのかは分かりません。気が付けば軍事に興味を持ち、今に至ります。
ミリタリー好きということで、避けられてきた部分もあったように思います。
私はそれでよいのではと思います。
戦前戦中の日本では、子どもの遊びも全部ミリタリーで、軍事に関係するおもちゃばかりで、
少年たちは全員軍事ごっこに熱中していたわけですが、
そういう社会はやはり戦争の魔の手から逃げられないでしょう。
軍事マニアに生まれて、すべての人に受け容れられたとはいいがたいですが、
それはよいことなのだろうと考えて生きてきました。

40年近く軍事マニアをやっていますが、
最近、だんだん風潮が変わってきたように思います。
ミリタリーが受け容れられて、抵抗がなくなってきたように思われます。
安保法案も可決され、時代も変わってきたのかもしれません。
ミリタリー好きとしては好ましいことかもしれませんが、
第二次世界大戦の悲劇を学んだ者としては、
やはり戦争はあってはならないものだと思いますし、
ミリタリーもタブーに思われているぐらいがちょうどよいのではないかと思います。

私は第二次世界大戦から人生を学びました。
人間とは何かを学んだように思います。
過去の歴史から学び、これからの時代をよりよいものにできればと思います。

掲載日:2015年10月2日(金)

 

映画『メンフィス・ベル』を評価

アメリカ軍爆撃機隊B-17フライングフォートレスの活躍を描いた映画です。
「メンフィスベル」号に乗り組む10人の若者たちは、
これが終われば国に帰れるという最後のミッションに向かいます。
その最後のミッションはドイツ本土ブレーメンの爆撃でした。

小学生の頃に劇場公開され、中学生になってテレビ放映されたのを観ました。
大変深く感動し、私の心の映画となっています。

戦闘シーンは激しく、ドイツ軍戦闘機隊との空中戦が展開されます。
B-17爆撃機隊はドイツ軍戦闘機隊そして対空砲火の嵐のなかをくぐり抜け、爆撃を敢行します。
「死にたくない」という叫びが胸を打ちます。
10人の若者たちが展開する人間ドラマ。生への深い思いに共感します。
一番の見どころはクライマックスの車輪を出すシーン。
全員で生きて帰るんだという想いに胸がゆさぶられました。

小学生の頃は日本びいきで、アメリカを敵視していたと思います。
自分の国である日本はなぜアメリカに勝てなかったのか、
日本を打ち負かしたアメリカを憎んでいたかもしれません。
そんな中、アメリカ人の視点の生臭い人間たちのドラマを見て、
アメリカの人々の生き方に共感し、友好的な感情を抱いていきました。
日本とアメリカの双方を客観的に見ることができるようになっていったと思います。

この映画を私は高く評価しています。好きな映画です。


掲載日:2015年10月1日(木)

 

 

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